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バイオグラフィー 〜K-1〜

 

石井和義によって設立された正道会館では、伝統的なフルコンタクト空手とタイ・キックボクシングの2種類をトレーニングし、これを正道会館のトレーニング基礎としている。ここに至るまで、数え切れない程多くの格闘技の種類・流派がある一方で、それを超えた試合がないために数え切れない程多くの“最強”が存在していることに石井は疑問を持っていた。そこで、また、石井の尽力の結果として、フルコンタクトのプロリーグであるK-1が1993年に発足した。K-1の“K”は空手、カンフー、拳法、キックボクシングの頭文字Kを、“1”は最強、ナンバー1を指す。初回興行では、チケットは1時間で完売、テレビ視聴率もうなぎのぼりであった。

 

1994年3月の東京。武道館では、数千の人々がK-1の新たなヒーローの誕生と、その歴史に残る瞬間に同席できたことを祝し、タイ・キックボクシングと空手の違いを超えるK-1の趣旨に全ての格闘技選手が賛同した。頭の固いタイ・ボクサー達もアンディ・フグを尊敬していただろうが、そんな融合格闘技選手としてではなく、おそらくは空手や正道会館のスターととして、であっただろう。アンディがボクシングを本格的に習得したのは後のことで、実際、アンディはタイ・ボクサーとは2試合しか行っていなかった。そのため、アンディはあえてボクシング・ヘビー級のチャンピオンであるブランコ・シカティックと対戦することにして、そのような批判を超えようとしていた。グローブを付けて闘うことへの挑戦である。格闘技ファンにはたまらない試合だった。名シーンの連続は、まさに各格闘技のベストシーンだけを抽出したような魅力的なものだった。最終ラウンドが終わり、誰もが判定を待っていた。3人全員がアンディの勝ちを示し、ここにアンディの勝利が明らかになった。アンディの格闘家としてのキャリアの中で、このブランコ・シカティック戦はまさに大いなる挑戦であり、最強の技を要求された試合であったことは間違いない。

 

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